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東京練馬で初日を開けた今回の公演、二日目、猛暑の東京都北区王子にある北とぴあ さくらホールで観劇しました。暑さにもかかわらず浴衣ではなく和服姿のご婦人や袴をつけた男性客なども見受けられ1300の客席がほぼ満員。昨日の初日も満員盛況とうかがいました。3年ぶりの松竹の歌舞伎全国巡業。コロナ対策で規模を小さくした「舞踊公演」とはいえ、普段、歌舞伎座や国立劇場でも観劇できる東京でこの活気。嬉しくなりました。
まずは「御挨拶」。座頭(ざがしら)・中村芝翫が金屏風前での口上。衣裳は白銀色の紋付、羽織、袴は薄い緑色。これは「芝翫茶」という成駒屋のチームカラー。涼しげです。ちょんまげではなく地頭(じあたま)の素顔ですから、いかめしさより親しみやすさいっぱいです。また内容は、聞いてのお楽しみということにしておきましょう。
でも、コロナで巡業も含め舞台を奪われた苦しさや再開の苦労話には思わずほろっとしました。観客もみな同じ思いでしょう。さらに、今回の公演の各地、その町にちなんだお話も出てくると思います。
休憩なしで、すぐに「操り三番叟」この日はAプロ。橋之助の三番叟、後見は福之助です。
前回の瓦版に書きましたが。人形遣いはあくまで天井裏にいるという設定、後見はその介添え役。とはいいながら、結構大変です。はじめ人形はうつぶせで、合図は見えません。後見がいかにもそこに糸があるように引き上げると、同時に腕が上がります。なぜシンクロするのでしょう。それは…お教えしません。どうしてかな?と見つめるのも楽しいですよ。
「おおさえありや・・・」と三番叟につきものの縁起のいい呪文めいたセリフを唱えるのも後見の役目、足拍子も肝心です。人形自身は音を立てず、眼も動かさず…様々な約束事で縛られています。前半の足拍子を聞かせる「もみの段」途中で糸が絡まってさあ大変。ここがみどころに。後半は鈴をもって種蒔を見せる「鈴の段」最後はふわりと鬘桶(かずらおけ)に着地し、後見の肩に手を置いて決まります。いかにも空中に浮いているように見えますよ。大拍手のなか幕になります。若い二人の息の合った所作事。気持ちいい涼風が吹きました。
客席、最後尾に先代、芝翫夫人つまり兄弟の祖母と伯母でこの作品の振り付けを担当した中村梅彌(うめや)さんの姿が見えたのでうかがいました。日本舞踊、中村流家元の梅彌さんは普段から甥御さん三兄弟の指導に当たっていますが、「操り」は中村流では、より人間らしい振りがついているとのこと。ただし兄弟は相談して、より人形らしく見せる工夫をしていたとうことです。
演奏は長唄囃子連中。ちなみに衣裳は肩衣(かたぎぬ)という裃姿。操り三番叟は紺地に向かい鶴菱の紋様です。曲によって肩衣の色も違います。例えば歌舞伎十八番の作品は團十郎家の出し物なので、柿茶にすることが多いのです。
「三番叟」が終わると休憩時間25分。ぜひロビーにでている売店を見て回りましょう。歌舞伎座のそばにあるお店が様々なグッズを並べています。歌舞伎や和のテイストのものが多いですが、人気があったのはTシャツコーナー。隈取や家紋などサイズいろいろ、暑いさなかで、手が出やすいのでしょう。タオルハンカチもお土産に買っていましたね。食品では「どら焼き」よく売れていました。全国の巡業公演に同行して、ある町で「これはおいしい」と発見したとか。意外なヒット商品です。
終演後も賑わっていましたが、歌舞伎座などでも観劇土産は、帰宅してからの話題の元。芝居の感想とともに家族や近所に喜ばれますね。
さあ後半「連獅子」が始まります。両作品とも、能楽からきているので背景は「松羽目」という老松が描かれた能舞台を模したもの。左側に五色の「お幕」も同じなのですが、「三番叟」は人形の大きな箱が下手側に置かれていましたから、雰囲気は変わります。
また長唄囃子連中も赤の雛壇で同じようですが、違います。肩衣の色がかわります。さわやかな若草色に見えますが「茶色」の仲間。そう「御挨拶」で芝翫が付けていた袴の色「芝翫茶」です。立唄は私の見た北区では、人間国宝の鳥羽屋里長でしたが高齢ですから全国は回りません。子息で鳥羽屋宗家の名跡を十年前に三代目として襲名した三右衛門の立唄の回が多いでしょう。江戸前の三味線の響きとともに、独特の節回しと獅子が登場するときの豪快な江戸浄瑠璃「大薩摩節」もお楽しみください。
幕が上がると、狂言師の登場。この作品は獅子の毛を振る場面が有名ですが、肝心なのは前半。狂言師左近、右近が中国五台山に伝わる獅子の伝説を演じるところ。まずは雄大な景色・深山幽谷の聖地、清涼山とそこにかかる石の橋「石橋(しゃっきょう)」を描いていきます。長唄がその部分を唄い、ふたりは大地に絵を描くようにそれらを扇や視線で表現してゆくのです。そして文殊菩薩のおはす霊地を守るため獅子が牡丹の花に戯れながら暮らしていること、さらには親獅子が仔獅子を蹴落として、その成長を見守るハイライト場面へと移ってゆきます。これを演じるのが実際の親子、芝翫と三男の歌之助であることで感動が二倍になります。襲名した時、中学生だった歌之助が二十歳(はたち)に。立派な戦力になっていることで胸が熱くなります。基本をきっちり、嫌みのない踊りぶりも好感が持てます。前髪で衣裳のあちこちに紅色が配され若さいっぱい。それを谷に突き落として、駆け上がってこない仔獅子を山頂から不安げに探す親獅子、芝翫の姿もひとしおです。
そして劇的な発見と再会、一気に盛り上がり蝶と戯れた後、花道を入っていきます。
次は間狂言。「宗論(しゅうろん)」宗教問答と書くと難しそうですが、狂言が原作ですから、権威をからかうエッセンスはそのまま、浄土僧と日蓮僧が知ったかぶりで自分の信仰自慢をするけれど、生半可の化けの皮がはがれるところも楽しいやりとり。福之助、橋之助どちらかと先輩の中村松江。父は人間国宝の中村東蔵(加賀屋)は成駒屋と親戚グループです。
ノチという後半の登場前は、お囃子の聞きどころ。一瞬シーンとなる場面があります。三味線などももちろん鳴りません。小鼓、田中傳一郎と太鼓、田中傅吉の演奏が聴きどころ。
静まり返った中に、小鼓の音、しばらくして太鼓。ここを「露(つゆ)の手」といい、能楽の演奏法からきているところ。深山幽谷の露ともいい、牡丹の花びらに宿った露がポトンと落ちる音とも。舞台には紅白の牡丹の大きな花が立ちますが、獅子は身体に着く虫を、この露で浄めるのだともいわれています。そう思って、この静寂の中で選ばれた打音ひとつに、集中すると生演奏の歌舞伎は贅沢だと感じるでしょう。
そして、いよいよ獅子の登場。なぜか仔獅子のみ、後ずさりで再び花道を逆行。親獅子が石橋の上に立ち、仔獅子を迎える形で二人が並ぶ、心憎い演出。あとはおまちかね獅子の髪洗い。左右に揺すったり、菖蒲打ちといって床に叩きつけるように振り下ろしたり、さまざまな技を見せますが、最後は「巴」といって毛先を丸めてはさっと伸ばす美しい形を繰り返してゆく名場面。芝翫、歌之助が息を合わせ同じ形を連続させる美技が冴えます。花道附け際から仔獅子が毛を振りながら移動してくる難しいところも見せ場です。
毛を振る回数は実は問題ではありません。曲の高揚感、とくに笛の高く速い調子とマッチして毛が流れるさまはぞくぞくします。といいながら私はしっかり数えていました。北区では38回?いつ終えるかは、親獅子の足での止め拍子が合図になります。
最後はもちろん大拍手。芝翫の余裕一杯の親獅子と、若さ溢れる歌之助。二度とこない二十歳の一瞬。どうぞ集中してよい思い出を作ってください。いつの間にか手を打っている自分に気づくでしょう。声は出せないので心のなかで「なりこまやっ」と叫んでください。
酷暑の中、出かけてよかった。歌舞伎は楽しく、奥が深い。やっぱり国の宝です。
5月26日(木)銀座某所において、松竹歌舞伎舞踊公演の取材会が行われました。
中村芝翫、中村橋之助、中村福之助、中村歌之助のコメントをお届けします。
コロナ禍で公演中止が相次ぎ、3年ぶりの地方巡業。親子四人そろって巡業ができるのは大変楽しみにしておりますし、待ち望んでいただいている皆様に、少しでも元気を与えて、熱い歌舞伎をご覧に入れたいと思っております。
父の戦力になるということが、僕の一番の目標でした。父が座頭の公演で、弟二人と三人で戦力になれる第一歩の公演だと思うので、心して勤めたいと思います。
襲名披露の巡業以来、たくさんの先輩方のところで様々なお役をさせていただいたので、どれだけ成長しているのか、ぜひ期待して観に来ていただけたら嬉しいです。
巡業には初参加。父と二人での『連獅子』も初めての挑戦となります。コロナ禍の2年間で、できる限り学んできたことをこの巡業で皆様にお見せできればと思います。
Q.今回の演目に対する意気込み
A.『操り三番叟』は五穀豊穣を願う演目ですが、今回は疫病退散ということで、この舞踊公演を通して少しでも流行り病が退散するよう、親子そろって勤めさせていただきます。『連獅子』では親獅子と仔獅子で動と動のぶつかり合いをして、歌之助に舞台の上で何かを感じさせられるように、また僕も歌之助から何かを感じるように、日々成長しながら親子で勤めていきたいと思っています。
Q.巡業で回る各地の方々へメッセージ
A. 暑い盛りでございますけれど、今回の二題、『操り三番叟』と『連獅子』というのはお子様にご見物いただいても、大変お楽しみいただけるかと思います。入口での検温、消毒など、お客様に負担をかける部分がございますけれども、本当に皆様のご協力の上で各劇場、各会館で感染対策をしております。ご安心して足を運んでいただきたいと思っています。
撮影:菱川浩二
2022年5月26日に開催された「松竹歌舞伎舞踊公演」取材会の一部をご覧ください!
会見の詳細は「歌舞伎かわら版vol.1」に掲載します。6月中旬発行予定!
公演詳細については下記リンクよりご確認ください!
松竹歌舞伎舞踊公演 公演ページ
https://www.tsuhisai-ars.jp/event/33176/